こころが弱い方は、見ないで下さい

これは、わたしの個人的なストーリーであり、なぜ私がこの事業を立ち上げたのか、その根源にある想いです。

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わたしは、30代でサイドFIRE(資産運用と労働収入を組み合わせて生活するスタイル)し、難病も抱えているため、まさか自分が再び事業を始めることになるとは想像もしていませんでした。しかし、いくつかの「死」との出会いが、私の人生を大きく揺さぶり、再び立ち上がることを決意させました。


死と隣り合わせの生と、突然の別れ

わたしは幼少の頃から病弱で、常に死と隣り合わせの日々を送ってきました。祖父母や両親が、お金の知識を教えてくれたのは、私の行く末を案じての事だったのかもしれません。

そんな20代のある日、前日まで一緒に笑い合った友人が、突然この世を去ってしまいました。あんなにも元気だったのに、翌日には高熱を出して救急搬送され、そのまま病院で息を引き取ったと聞きました。急性心不全。あまりにも突然の、信じられない出来事でした。

あの日のことを思い出すと、今でも身体の震えが止まりません。

連鎖する悲劇と、目の前の現実

追い打ちをかけるように、実母がガンで他界しました。母の死のショックから父は心筋梗塞になり、そこから脳血管性の若年性認知症を発症しました。認知症になった父の資産は凍結状態。父から毎日、数百回もの電話(認知症の症状のひとつ。不安や孤独感、BPSDなどが原因)。徘徊による警察沙汰。病院からの呼び出し。お金の心配。本当に気が狂うかと思いました。(介護は20年近く続きました)

父の介護があったため東京とロサンゼルスの二拠点の生活を10年以上続けておりましたが、そんな中、以前一緒に仕事をした仲間から「死にたい」という悲痛な連絡を受けました。

理由は、薬物依存症。幼い頃の虐待が原因で、留学先でゲートウェイ・ドラッグに手を出し、そこから抜け出せなくなっていたというのです。彼は世界を股にかける優秀なビジネスマンでした。

わたしは以前、自身の科学流産の経験から、ルワンダやフィリピンの子どもの支援活動をしてきましたが、本当に身近な人の心の痛みには気づけていなかった。見るべきは世界ではなく、日本だった。目の前の人だった。共に戦った仲間だった。

薬物依存症の現実と、見えない心の傷

それからすぐ、日本で活動している「NA(Narcotics Anonymous)」という、ロサンゼルス発祥の薬物依存症の自助会に参加させていただきました。彼らは、「薬物依存症になったら、捕まるか。死ぬか。二択だよ。それ以外はない。」と、わたしに言いました。そして、全員が「幼い頃に虐待を受けていた」と、生々しく続けたのです。その2~3時間の会が、まるで永遠に続いたかのように感じられました。

彼らの言葉通り、友人は海外で治療を続けていましたが命を落としました。彼の薬物依存症の根源には、幼い頃の虐待という重すぎる事実があったのです。薬物依存症は脳の病気であり、時間はかかりますが回復は可能です。

しかし、医師ではない私には何もできない。周りの人も、家族も、見守り、本人を信じるしかない。「本当に、何もできないのか?」「本当に、私たちって無力なのか?」自問自答の日々の中で、私が出した答えは「もしできることがあるとしたら、子どもの虐待をなくすこと」でした。

この話をすると、バカにしたり、茶化したり、怒鳴りつけてくる人もいます。しかし、幼い頃の虐待の傷は、何年経っても心をえぐり続けます。

わたしも線維筋痛症という難病で、全身にとてつもない激痛が走ります。医療麻薬(現在は、非麻薬性オピオイド鎮痛薬)がないとベットから起き上がる事もできません。見えない身体の病気です。彼らも、見えない心の激痛を和らげるために、薬物が必要だったんです。一生続く痛みなんです。

虐待は、なくせないかも知れない。減らないかも知れない。

最後のチャレンジ、そして未来への希望

しかし、私の人生に立て続けに訪れた愛する人々の死と病。産まれてこれなかった子供。その中で、私は「生きる」ことの意味を深く問い直しました。失われた命、苦しむ人々、そしてその背景にある見えない痛み。これらを目の当たりにしてきたからこそ、私はこの事業を通じて、誰かの「生きたい」という願いを支えたい。過去にとらわれず、未来に希望を見出せる社会を築きたい。そして、たとえ虐待を受けたとしても、自分たちを「哀れな被害者」だと思って生きてもらいたくない。時間はかかっても、治療はできるのですから。

難病を抱える身ですので、これは私に残された「最後のチャレンジ」です。

できることは、ほんのわずかな事です。

この事業は、単なるビジネスではありません。それは、私自身の経験から生まれた、命をつなぎ、希望の光を灯すための挑戦です。この想いに共感し、共に歩んでくださるステークホルダー(お客様、従業員、投資家、取引先、金融機関、地域社会、行政機関、競合企業、NPO/NGO)の皆さまと共に、より良い未来を創造できることを心から願っています。

虐待の原因の1つに「貧困」があります。貧困の本質は「こころの貧困です」

わたしたちは、「日本のこどもの金融教育」というプロダクトを通じて、未来の貧困者を減らし、世界の子どもの虐待防止と薬物依存症の撲滅に取り組みます。

株式会社EMMA

代表取締役CEO 八千古嶋ひろ子


わたしたちは、いかなる暴力も認めません。

大人の世界でも許されていない事を、決して子供に行ってはいけません。

児童虐待の種類
  • 身体的虐待:殴る、蹴る、叩く、熱湯をかける、異物を飲み込ませるなど、子どもの身体に危害を加える行為。
  • 性的虐待:性交や性的な行為の強要、性器や性交を見せるなど、子どもを性的に利用する行為。
  • 心理的虐待:大声で脅す、無視する、暴言を浴びせる、子どもの前でDVをする暴言を浴びせるなど、子どもの心を傷つける行為。
  • ネグレクト:食事を与えない、適切な医療を受けさせない、適切な衣類を与えない、学校に行かせないなど、子どもの成長に必要な世話を怠る行為。
体罰について

体罰は、子どもの身体に苦痛を与える行為全般を指し、どんなに軽いものであっても児童虐待に該当します。体罰は、子どもの心身に悪影響を及ぼし、成長や発達を阻害するだけでなく、暴力による解決を助長する可能性もあります。

児童虐待防止のために

児童虐待は、子どもにとって重大な人権侵害であり、社会全体で防止に取り組む必要があります。

  • 虐待かもと思ったら:児童相談所(189)や地域の窓口に相談しましょう。
  • 体罰によらない子育て:子どもの気持ちに寄り添い、愛情を持って接することが大切です。
  • 子育てに悩んだら:ひとりで抱え込まず、子育て支援センターや相談機関に相談しましょう。

児童虐待防止は、子どもの権利を守り、健やかな成長を支えるために不可欠です。